INTRODUCTION
メッセージを送り続けたのか?
誰かを想ったやさしい「秘密」が、
立ち止まっていた人々の心を灯す。
見逃してしまいそうな微かなふれあいが繋がり、秘密の糸がほどけるとき、思いもよらない幸せの歯車が動き出す。
2013年に刊行された小説「アイミタガイ」。ゆるやかに交わる連作短編が、一本の映画に生まれ変わった。『台風家族』(19)の市井昌秀が脚本の骨組みを作り、『ツレがうつになりまして。』(11)の故・佐々部清が魂を注いだ企画を受け継いだのは、『彼女が好きなものは』(21)やドラマ「こっち向いてよ向井くん」(NTV)の草野翔吾監督。親友同士の梓と叶海、二人の関係を軸に、一期一会の連鎖が大きな輪になっていく群像劇を紡ぎ上げた。
主演を務めるのは黒木華。かけがえのない存在だった友を失い、立ち止まってしまう主人公・梓の心の機微を細やかに演じ上げる。梓との結婚に踏み切りたい交際相手の澄人を中村蒼、梓の良き理解者で亡き親友の叶海を藤間爽子がつとめる。さらに、草笛光子、安藤玉恵、松本利夫、升毅、西田尚美、田口トモロヲ、風吹ジュンら実力派が顔を揃え、人間ドラマのアンサンブルを奏でる。STORY
思いもよらない幸せの歯車が動き出す
一方、金婚式を担当することになった梓は、叔母の紹介でピアノ演奏を頼みに行ったこみち(草笛光子)の家で中学時代の記憶をふいに思い出す。叶海と二人で聴いたピアノの音色。大事なときに背中を押してくれたのはいつも叶海だった。梓は思わず送る。「叶海がいないと前に進めないよ」。その瞬間、読まれるはずのない送信済みのメッセージに一斉に既読がついて……。
誰の胸にも眠っている助け合いの心を呼び起こし、
何気ない毎日をやさしく照らす、
あたたかな物語が誕生した。
CAST
STAFF
PRODUCTION NOTE
- 三人の監督がつないだバトン
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「アイミタガイ」。何やら耳慣れないこの言葉は、ちょうど10年前、2013年に幻冬舎の自費出版ブランドから刊行された連作短編小説のタイトルだ。薦められて同書を手にした宇田川寧プロデューサーは「人とのつながりをストレートに肯定して、照れることなく際立たせている。一つ一つの細かいエピソードも気が利いていて、大人がしみじみと感動できる小説だと思いました」と映画化に乗り出す。
脚本の初稿を手がけたのは『台風家族』(19)などの監督である市井昌秀。市井の脚本の腕を高く買っていた宇田川プロデューサーの依頼に応える形で、土台となる構成を完成させた。これを読んで監督に名乗りを上げたのが名匠・佐々部清である。佐々部と市井は、市井の自主映画時代から交流があったこともあり、2017年には佐々部の監督作として動き出した。
ところが2020年3月に佐々部監督が急逝。時を同じくして時代はコロナ禍に突入する。脚本の開発を始めた当初は、東日本大震災の傷が今よりもずっと新しく、そんなときだからこそお互いに助け合って相手を思いやる「相身互い(アイミタガイ)」の精神の大切さを感じたことが企画のきっかけでもあった(ちなみに震災の名残は、耐震用突っ張り棒と澄人が怪我をするエピソードで完成した本編にも残っている)。相身互いの精神を映画にしたい――その思いはコロナという新しい災害に直面してよみがえり、再始動する。佐々部からのバトンを受け取ったのは草野翔吾監督だ。大学生の頃は自主映画で群像劇ばかり撮っていたという草野監督は、『世界で一番長い写真』(18)や、『彼女が好きなものは』(21)でもその手腕を発揮している。複数の登場人物の人生が交差する本作の脚本を読み、思いがけず巡ってきた監督の座を引き受けるが、そこには相応の覚悟があった。「僕は佐々部さんにお会いしたこともなく、生前に関係性があったわけでもありません。『佐々部清』という名前の重みは大きく、その名が入った脚本の表紙をめくるまでにはものすごく勇気が必要でした」
その上で草野監督はこの映画と向き合い、脚本には中学時代の梓と叶海のパートも加わった。梓と叶海が親友であるという関係性そのものが映画オリジナルであり、もともとは回想シーンとして書かれていたが、回想ではなく群像の一部として並列に見せるギミックを草野監督が使ったことで、二人の継続的な結びつきがより強調されることになった。「佐々部さんが撮ろうとしていたであろうことを想像しつつ、これが自分の映画であると言えるものにするために、今、僕が撮るならば、という部分を意識して、テーマが構成にも表れるような形を目指しました」。こうして三人の監督による世代をまたいだエッセンスが一つにまとまった。
- 過去の軌跡が実を結んだキャスティング
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物語の軸となる梓は、草野監督の念願にプロデューサー陣も賛同し、黒木華に決まった。「観客として作品を観ていても尊敬していましたが、実際に監督としての目線で見ると、シンプルに人としてかっこいいなと思いました。表現が生活に根差したものであるというか、独特のリアリティを出せる魅力をあらためて感じました」
梓と交際中で、結婚を望んでいるがゆえに悩む澄人は、草野監督いわく「どこか間が悪いけれど憎めない。真っ直ぐで優しくて、でも表現が不器用。そんな人柄にぴったり」な中村蒼にオファーした。中村が佐々部監督の『東京難民』(14)に主演していたことも決め手の一つだった。「僕の中では、これが佐々部さんの遺した企画であること、それを自分の映画にすること、その二つが矛盾しないように成立させたい気持ちが強くありました。キャストやスタッフを考えるときもその考えはずっとあって、そういう意味でも中村さんに澄人を演じてもらうのは必然だったと思います」
草野監督が「自分の両親を思い描いていたかもしれない」と語る朋子と優作を託したのは西田尚美と田口トモロヲ。特に田口とは遠からぬ縁があった。「僕が学生時代に、大杉漣さんに出てもらって撮った群像劇を、田口さんが観に来てくださったことがあったんです。それ以来ずっと、いつかご一緒したいと思っていたのがようやく叶いました」
- 地方の町に根ざしたロケーション
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撮影は三重県・桑名を中心に行われた。桑名を舞台に決めたのは佐々部で、シナリオハンティングのために現地にも足を運んでいる。草野監督も撮影前に一人で桑名やその周辺の町を見て回った。「佐々部さんの脚本の稿には町の名前までしっかり書かれていたんです。原作でも舞台は特定されていないのですが、佐々部さんが桑名で撮りたいと考えた思いを大事にしたかった。僕自身が現地で感じたこと、桑名らしいと思った風景の特徴を大事にしながら、特別な場所の特別な話に見えないように撮ろうということは、撮影の小松高志さんとも最初に話していました」
もう一つ、草野監督にはこだわりがあった。佐々部の稿に繰り返し登場していた「川を渡る電車」という記述である。これは桑名と名古屋をつなぐ近鉄名古屋線のことで、撮影でも本物の車両や駅舎、ホームが使われた。「佐々部さんにとって“川を渡って町に入って来る”という感覚が大事だったのかなと思ったんです。大きな川を電車で渡って、町に入って、そこからどこへ出て行くにしても川を渡らなければならない。そういう土地の環境は物語の舞台として魅力的に感じました。桑名の町の中には水路があるんですけど、川と水路を軸に登場人物たちの生活の地図が想像できたらいいなと思ったんです。僕自身は桐生の出身なのですが、やはり川と川に挟まれた町で、織物のための細い水路が流れる景色が原風景としてある。桑名を訪れたとき、地元のように懐かしく思えた感覚を、映画を観た人にも感じてもらえたらいいなと思っています」
- 人が生きている手触りを感じられる演出
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何気ない日々のひとコマを丁寧に見つめる演出の中で、金婚式でのピアノ演奏シーンはとりわけ華やかな一幕。こみちを演じた草笛光子は、草野監督も「草笛さんに断られたらどうしようと思った」というぐらい勝負をかけたキャスティングだった。草笛はこのために自宅でピアノを練習し、撮影当日も早めに現場入りして準備を重ねた上で本番に臨んだ。
このシーンでこみちが着ているブルーのドレスは、草笛のこだわりでぎりぎりまでアイディアを出し合い、生地や色を吟味して選ばれた。「草笛さんの事務所にお邪魔して、見たこともないようなきらびやかなドレスの数々を、ご本人の解説付きで紹介していただいて。草笛さんは『草笛光子のクローゼット』という本を出されているんですけど、その中にこみちさんのイメージに近いドレスがあったんです。それをベースに、衣裳スタッフが背中にバラの飾りをあしらったりしてリメイクしたものを着ていただきました」(草野監督)
また、劇中にはタクシー運転手や澄人の会社の後輩など、ワンシーンしか出てこない登場人物もいるが、画面の端を通り過ぎる人たちの背景にもそれぞれの人生がある。みんながそこで生活している手触りが、草野監督の演出からは実感をともなって伝わってくる。「それは僕が映画を撮る上でずっと自分の中で大事にしていることでもあります。この人はこういう役割だから、みたいなところだけで撮りたくない。そのせいか、ただの完全な悪人を今まで撮ったことがないんです。佐々部さんの映画を観ていると、佐々部さんにも同じような思いがあったのかなと感じることがあって、自分との共通点があるとしたらそういうところかもしれないと思ったりはしたんですよ。でも、佐々部さんの方が僕よりもはるかに強く人を信じているというか、かなりハードコアなヒューマニストだと感じています。僕はまだそこまでは人を信じきれてないけど、どこかの部分で重なっていたらいいなと思うんです」
- 主演俳優の声で語りかける主題歌
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エンドロールで流れる「夜明けのマイウェイ」は、70年代に放映されたドラマの主題歌であり、宇田川プロデューサーが市井と脚本を作っている最中から念頭にあった。「悲しみをいくつかのりこえてみました」という歌詞に重ねた、震災からの復興を願う気持ち。それはボーカルをつとめた黒木華の柔らかい声に乗って、世の中に向けた大声の応援ソングではなく、一人一人の個人に寄り添ってくれるような等身大の一曲になっている。「作詞・作曲の荒木一郎さんが、ご自身のライブで弾き語りでカバーしている音源を聞いたとき、アコースティックギター一本のようなシンプルでさりげないアレンジがこの映画に合うのではないかと思いました。黒木さんが歌うと決まったときも、高らかに歌い上げるのではなく、プライベートで語りかけるようなイメージにしたいと伝えました」(草野監督)
このアレンジも担当した音楽の富貴晴美は、草野監督たっての希望で、ドラマ「消えた初恋」(EX/21)に続く二度目のタッグが実現した。「しかも富貴さんは、過去に佐々部さんの映画を二本手がけられていたんです。今回「夜明けのマイウェイ」のレコーディングをしたスタジオも、佐々部さんと富貴さんが最後に一緒に作業をした場所だった。こういう作品に携わっていると、やはり色々なつながりを引き寄せるんだなと驚きました」
- 目に見えないつながりを感じて欲しい
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映画が終わってからも、自分の人生のどこかで出会った人を思い出すような感覚で、登場人物のことが思い出される瞬間がある。そういう体験ができる映画は決して多くないが、本作はそんな一本になっている。「この映画は目に見えないつながりを描いていますが、スクリーンの外でもたくさんのつながりに支えられてきたので、自分でも気づいていないような出会いの大切さを映画館で感じてもらえたらと思います」(草野監督)